ホーム > ShortStory > ようこそ☆NapTimeへ! > 第02話「ハードシップ・ワーク〜前編〜」


第02話「ハードシップ・ワーク〜前編〜」

 

事が起きるのは何時だって突然である。
今回の件も、元はと言えばこのお客さんの一言が始まりだった。
夏も終わりかけたある日、閉店間際にその人は店にやってきた。

レジカウンターに座る冬音は例によって居眠りをしていた。
「…すーすー……」
最近、冬音はレジには座らない。
と、いうかレジ作業をミコナとナルフィーが「冬音さんは寝るからダメ!」と言ってやらせてくれないのだ。
そんな彼女が何故、レジカウンターに入りカウンターに突っ伏して寝ているかといえばミコナは夕飯の材料の買い出しに外出し、ナルフィーは奥で事務処理をしているからに他ならない。
本当は事務処理は冬音がするはずだったのだが、のんびりやっていたらナルフィーが交代してくれた。
いや、交代してくれたというのは語弊があるかもしれない。
恐らくナルフィーは彼女の作業の遅さを見てられなかったのだろう。
しかし冬音としては別に交代してくれなくても、終わらなければ夜にでも一気に片づけるつもりでいた。
「すー…ん゛…むにゃ…。」
相変わらずレジカウンターで安らかな寝息を立てている。
窓から差し込む西日が彼女を照らしていた。
冬音は普段はぼーっとしていて頼りにならない感じがあるが、決して仕事が出来ないというわけではない。
むしろ、優秀すぎるくらいなのだ。
だからこそ、冬音は若くして既に店の全てを任せられているのである。
もっとも、その安らかな寝姿からは想像も出来ないが。
「ごめんください…。」
一人の客が店のドアを開け入ってきた。
ドアの上部に付けられたカウベルの様なドアチャイムが『カランコロン』と鳴る。
「ふぁ…あ、いらっしゃいませー。」
ドアチャイムの音でレジカウンターに突っ伏していた眠り姫は目覚め、接客モードに入った。
来店したお客さんは初老の男だった。
「ここは玩具店かな?」
カウンターまで来て一言そう質問した。
「そうねぇ…。アニメやゲームが中心で店内にもそういったものしか置いてませんけれども、注文がございましたら取り寄せますよ。」
冬音が少々考えながら答える。
「なるほど。いやはや、クラシカルで何処か懐かしい感じの内装ですが取り扱ってる物は最新のものですか。」
「ミスマッチかもしれませんけれど、でも私達はこれもアリかなって思ってるんですよ。」
「なんでまた?」
「こういった、落ち着いて品物を見られるお店が、この街に1件くらいはあっても良いとは思いませんか?」
質問を質問で返した。
「そうか、なるほど。」
老人は何か納得したかのように目を閉じて頷いていた。
「ところで、お客さま…何か用事があったのでは…?」
「うむ…」
冬音の質問に老人はゆっくりと口を開いた。
「“NMシリーズ”はご存じか?」
「えぇ…。」
NMシリーズ、正式名称ナチュラルマイスターシリーズは300年以上の歴史を誇る全て自然界にある物だけを使って作られた玩具のシリーズである。
この玩具はスイスに本社を持つナチュラル社が一応の取り纏め役にはなっているが、実際にはその企業ではこの玩具を作っていない。
実際に玩具を作っているのはナチュラル社からマイスター、つまり職人と認定された人たちが各国で作っている。
面白いのは玩具を作ってる職人達で、職人達はナチュラル社お抱えの社員というわけではない。
あくまで個人という形で働く。
つまり、ナチュラル社からNMシリーズの名を冠した玩具を発売する権利と製造に関する技術やノウハウを教えて貰う代わりに職人達は自分が作った玩具を自分の力で販売し、売り上げの5%をナチュラル社に収める形をとる。
NMシリーズの名を冠した玩具は非常に精度が高く、製品にはクギやネジやプラスチックやモーターなどの人工物は一切含まれない。
しかし、それでいて動いたり光ったりといった動作をする、まさにブラックボックスの様な玩具だ。
この玩具、非常に希少性が高く取り扱っている店は殆ど無いし、あっても必ず取り寄せになる。
そういった希少性の所為か、知っているのはコアなマニアか長年玩具業界に居る人が多い。
最近のコミックやゲームを扱う類の玩具屋…というよりマニアショップでは支店長でさえ知らない人も居る。
「NMシリーズの汽車を孫にプレゼントしたくてね。」
「なるほど、そういうことですか。」
老人は冬音がNMシリーズを知っていることに対して意外に思いつつも注文を口にした。
「出来れば来週までに用意して欲しいのだが…出来るかね?。」
「来週…ですか。」
「そう。来週は孫の誕生日でね。」
「……。」
冬音は目を細めて考えた。
MNシリーズは非常に希少で簡単には手に入らない。
勿論、取り寄せは可能かも知れないが時間が掛かってしまう。
「どうかな?」
老人が訪ねる。
「わかりました、来週までに用意しましょう。」
注文を引き受けてしまった。
もう後戻りは出来ない。
「おぉ、引き受けてくれるか。
 では来週を楽しみにしているよ。」
老人は、注文書に名前や連絡先を記入すると、そう言い残して店を出て行った。
「はい、お任せ下さい。」
冬音は柔らかい笑顔で老人を見送ったが、その表情の下では期限内までに注文された商品を用意するための作戦プランが物凄い速度で立案されてはシミュレーションされ、どれもこれも無理だという答えを導き出して切り捨てていた。

〜§〜

夕食時。
獣耳娘の2人も集まって全員で夕食という名の壮絶バトルが繰り広げられていた。
「ナルフィー、それはあたしが…」
「そんなこと言ってる間に冬音さんに取られるわよッ!」
いつもながら、食卓の上は中心に置かれたメインディッシュの争奪戦で物凄いことになっている。
不慣れな者が中心のメインディッシュを取ろうと手を出せば生半可なケガでは済まなそうである。
「ところで、ナルフィーちゃんにミコナちゃん。」
「何ですか?」/「何?」
冬音が話し掛ける。
しかし、誰も手を休めることは無い。
手を休めるというのはメインディッシュ争奪戦を諦めたことを意味するのである。
「明日、ナルフィーちゃんとミコナちゃんには北海道に行って欲しいの。」
「はぃー?」/「ぅにゃ、ほ、ほかー!?」
その言葉には流石に名を呼ばれた二人も一瞬、手が止まった。
ナルフィーは声が裏返りミコナに至っては掴んだおかずをポトリと落としてしまっている。
「二人には北海道まで商品の仕入れに行って欲しいのよ。」
「仕入れ…ですか?」
商品仕入れの為と聞いた二人は疑問を感じた。
「仕入れなんて、いつもパソコンか電話かFAXを使ってるじゃん?」
ミコナが言うとおりである。
「それがダメなのよ。
 品物が職人の作るオーダーメイド品でね…。」
冬音が説明する。
「にゃ?注文メイドさん?」
「ミコナ、メイド服を着たメイドさんじゃなくて手作り品って事。」
ナルフィーがミコナを窘めた。
「メイドさんって、手作り出来るの?」
「だから、そのメイドじゃねぇ!」
ミコナのボケにナルフィーが鋭くツッコミを入れた。
「でね、二人にはその品物を取りに行って欲しいのよ。」
ミコナとナルフィーのやりとりを軽く流しながら冬音は言う。
「なるほど。」
「でも、取りに行くだけならわたし一人だけでも…」
「それがねー、作るのを手伝って欲しいって言うのよ。」
「にゃ…?ふぁはひほふぁふふぃーが…」
ミコナがゲットしたメインディッシュを頬張りながら言う。
「あなた、食べるか言うかどっちかにしなさいよ…。」
あきれ顔でナルフィーが窘める。
「ん…あたしとナルフィーが行って手伝って来てついでに品物を貰ってくればいいの?」
口の中のものを飲み下して、改めて言う。
「そういう事ね。」
冬音が短く答え、茶碗の米を静かに口に運んだ。
「でも冬音さん、飛行機とかは…」
「冬音さん、お土産は何が良い?」
ナルフィーの疑問を遮ってミコナが言う。
「じゃぁ、コワップガラナとジンギスカンキャラメルを頼もうかしら?」
冬音が人差し指をあごに当て少し上を向いて考えた後、言う。
「ミコナ、人の話を遮らない!
 それと冬音さんも何マジメに答えてるんですか…」
「折角の北海道ですもの。本当なら私も行きたいのよー。」
と、言いつつも冬音はニコニコ笑うだけで本心から行きたいんだかは解らない。
「それより冬音さん、飛行機とかはどうなってるんですか?今日明日でそんな簡単には予約なんて…」
「あぁナルフィーちゃん、それなら大丈夫よ。もう、チケット取っておいたから。」
「早すぎです!」
「インターネットって便利よねぇ。」
「…それじゃ、チケットは空港で貰えば良いんですか?」
「えぇ。」
冬音とナルフィーが会話している間にミコナは既に食事を終えていた。
「こちそうさまー。で、冬音さん明日行くのはわかったけど、いつ帰ってくればいいの?」
「明後日の夜の飛行機を取ってあるわよ。」
「2泊3日のお泊まりだよー!ナルフィー、聞いた?」
「聞いてるわよ、それにお泊まりって言っても働くのよ?」
「えー。」
「えー、じゃない!」
またもナルフィーのツッコミ。
どうもナルフィーはミコナのツッコミ役のようだ。
「さ、じゃ二人ともご飯を食べ終わったら明日の支度をしなさい。明日は朝早いわよ。」
「はーい。」/「わかりました。」

〜§〜

で、翌朝。
「ミコナちゃんもナルフィーちゃんも忘れ物は無い?」
「はい、ありません。」/「大丈夫だよ!」
店先で冬音がミコナとナルフィーを見送っていた。
「じゃ冬音さん、行ってきます。」
「行ってくるにゃー!」
普段通りのナルフィーに対してミコナは若干はしゃいでいる。
「はい、行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね。」
「はい。」
「わかったにゃ!」
そういうと二人は店を後にした。
一人残される冬音。
「さて、私もこれからお店の準備しないと。」
そう言うと冬音は開店の準備に取りかかった。

〜§〜

「羽田空港って広いねー。」
「そりゃ空港だもの、当たり前でしょ?」
そんな会話をするミコナとナルフィーの二人は店から電車を乗り継いで羽田空港にいた。
「じゃ、ミコナはココで待ってて。今チケットを貰ってくるから。」
「わかったにゃ!」
がってんでぃと敬礼をするミコナ。
そんな敬礼少女を最後まで見ることなく、ナルフィーはチケットレスカウンタに急いだ。

ナルフィーがチケットを取りに行ったため、ミコナは一人でポツーンと椅子に座っていた。
「ナルフィー遅いなぁ…。」
足をぶらぶらさせて頬を膨らませてオマケに尻尾もフリフリしちゃって、これでもかってくらいに暇さをアピールしている。
「うにゃぁッ!」
と、突然に尻尾をムギュッと捕まれた。
吃驚して慌てて上半身だけ振り向くと小学生まで行かないくらいの男の子が後で尻尾を掴んでいた。
「お、おねーちゃんどうしたの?」
尻尾を握ったまま吃驚する男の子。
どうやらミコナが思い切りバッと振り向いたのに驚いたらしい。
「あーっと…えーっと…しっぽ、離してくれないかな?」
とりあえず、尻尾を離して貰うように頼んでみる。
「…?」
対して男の子の方はよく解ってないようだ。
「えぃ!」
離すどころか掴んだままブンブンと振り回し始めた。
「にゃ、にゃ、にゃ…!」
「おねーちゃんおもしろいー!」
終いには引っ張り始めた。
「にゃ゛ーーッ!」
流石に引っ張られると痛い。
「お、お願いだから離して…にゃッ!」
「コラ、寿浩!何してるの!!」
ミコナが半分涙目になってると、女の人が駆け寄ってきた。
どうも、その男の子の母親らしい。
「あ、おかーさん…。」
「すぐに離しなさい!」
お母さんは男の子の手を掴むと尻尾を握ってた手を離させた。
「にゃ…痛かったにゃ…」
ミコナは漸く自由を取り戻した尻尾に愛おしそうに触れると、握られていた部分をさすった。
「本当にウチの子が…ごめんなさいねぇ。」
「あ、いえ、そんな…。」
お母さんは本当に申し訳なさそうに頭まで下げた。
「アナタもお姉ちゃんにゴメンナサイは!?」
「ご…ごめんなさい…」
お母さんに促されて謝る男の子。
「あ…あははは、もういいよー…」
あまり丁寧に謝られても気恥ずかしいモノがある。
ミコナは手をひらひらと振って頭を上げさせた。
「それじゃ、私達はもう搭乗時間なので…寿浩、行くよッ!」
「あ、おかーさん、まってよぅ…」
ミコナにお辞儀をして歩き出すお母さんを追う男の子。
「おねーちゃん、ばいばい〜」
「ばいばいー」
ミコナも手を振って見送ってあげた。

〜§〜

男の子をミコナが見送って暫くするとナルフィーが戻ってきた。
「前の人がモタモタしていて遅くなったわ…。」
「ナルフィー遅いよー。」
ミコナはナルフィーに駆け寄った。
「ナルフィー、チケットは?」
「はい、これよ。」
そういって手渡された紙片。
紙片といっても1万円札よりも大きい。
「うわ、飛行機のチケットって、こんなに大きいの?」
「そうよ…ってあれ?ミコナ、あんたって飛行機乗ったこと無いの?」
「うん。一度も無いよ。」
「へぇ。」
少々意外そうな顔をするナルフィー。
「じゃ、ナルフィーお姉さんが飛行機の乗り方のイロハをなーんにも知らないミコナちゃんに教えてあげるわ。」
「にゃー。」
「にゃーって何?何か不満でも?」
「それは…まぁ、色々とあるよぅ。」
「…そういうときは嫌でも『お願いします』って答えるのが社会を上手く渡る方法よ。」
「ふ〜ん…そうなんだ。」
「そうなのよ。」
ナルフィーは自分の振った話題がイマイチ盛り上がらないと分かったのか話題を打ち切った。
「さて、それじゃそろそろ出発時間が迫ってるから搭乗ゲートに向かいましょ。」
「わかったにゃ!」

〜§〜

途中、手続きなどで初めてで不慣れなミコナが若干手間取ったがナルフィーがサポートしてやって何とか飛行機に乗り込み、後は離陸を待つのみとなった。
「飛行機って意外と狭いんだね。」
座席に座ったミコナが隣に座ろうとしていたナルフィーに話し掛けた。
「一番安いクラスだからね…ファーストクラスとかになるともっと広くなるわよ。」
そう言いつつ、ナルフィーはミコナの隣の一番窓側の席に座った。
「ふぅ…って、ミコナ。なんでこっちを羨ましそうに見てるの?」
「え?いや…窓側の方が良いなって…。」
「……席、変わる?」
「いいの?やった!」
そんなわけでミコナとナルフィー席替え。
「…ミコナ、何か随分と子供っぽいわよ。」
窓の外を嬉しそうに見入るミコナの背中を見てナルフィーは言った。
「うにゃ?こう見えても14歳だよ?」
振り返らず答えるミコナ。
「いや、それは知ってるけども…。」
ナルフィーは少し呆れ顔だった。
「…っと、ミコナ。そろそろ離陸するみたいだからシートベルトしなさい。」
「うん。」

ミコナがシートベルトを締め終えると飛行機はそれが出発の合図だったかのように動き出した。
飛行機はゆっくりと滑走路に向かう。
「なんか遅いけど、これで本当に飛ぶの?」
疑い半分のミコナ。
「まだ、滑走路じゃないわよ。滑走路に入ったら、もっと加速して一気に飛ぶわよ。」
「なるほど〜。」
ナルフィーの説明でミコナは納得する。

滑走路の手前で一旦停止し、前の飛行機が離陸するのを見届けるとミコナ達の乗る飛行機がいよいよ滑走路に進入した。
滑走路に入ると飛行機はグングンと加速していく。
「お〜!」
感嘆するミコナ。
続けて一言。
「何か飛べそうだね。」
ミコナのワケのわからない感想を聞いたナルフィーは片手で頭を抱えて言った。
「…飛行機なんだから飛べなかったら困るわよ。」
全くもって、その通りである。

結局、この後飛行機は無事に離陸したのだがミコナが「ほー!」とか「うゎぁーすごいよ〜!」とか何かある度に嬉しそうに尻尾を振りながらナルフィーに言ってくるのだった。
「…北海道に着くまで、少し寝てようかと思ったんだけど……。」
ナルフィーのそんな呟きも飛行機初体験のミコナには届いていないようだった。
「ナルフィー凄いよー、雲が下に見えるよ〜。」
「そうねー。」
そんな二人のやりとりは北海道に到着するまで延々と続くのだった。

〜§〜

一人、店に残った冬音は店先の掃き掃除をしていた。
「良い天気ねー。今頃二人は空の上かしら…。」
掃き掃除の手を休めて空を見上げて言った。
「ふぅ。」
言い終えると、再び掃き掃除に戻る。

「…さてと、これくらいで良いかしら。」
店先をサッと見渡してゴミが無いことを確認する。
「んんーっ!」
箒を傍らに立て掛けると伸びをした。
夏の残り香の中に垣間見える一足早い秋の空気。
晩夏の朝特有の空気を肺いっぱいにまで満たして一気に吐く。
「さて、今日も一日頑張りますか…。」
冬音は箒を所定の位置にしまうと店の中に入った。
「ミコナちゃんやナルフィーちゃんがいないと、こんなにも静かなのね…。」
普段、二人が居る生活が慣れていた所為か、居なくなると静かすぎて妙な気分である。
静かな店内を静かに歩き、レジカウンターに入ると、置いてある椅子に腰掛けた。
「雨陽さん…。」
まだミコナやナルフィーが来る前、この店は冬音と雨陽という名の店員しか居なかった。
この静かな店内は、どことなくその頃の雰囲気と似ている。
「…しっかりしなきゃ。」
今、ここに雨陽さんは居ない。
どんなに昔を思い出したとしても、その事実は変わらない。
「さ、溜まってる仕事、纏めて終わらせちゃいましょう。」
そう言うとレジカウンターの下からカゴに入った書類の束と青いファイルを取り出した。
カゴには一番上に『未処理にゃ♪』と書かれた紙が乗っていた。
冬音はカゴの中から1部の書類を取り出すと、書類に書いてある事柄の一部を青いファイルの方に書き写した。
そして書き写し終えると、今度は引き出しの中から電卓を取りだし計算を始める。
計算が終わると電卓が弾き出した数値を青いファイルの方に書き留めていく。
1部の書類の内容を青いファイルの方に纏め終えると、終えた書類には「処理済み」のハンコを押す。
「………。」
冬音は黙々と作業に専念する。
店内には電卓を弾く音とボールペンで文字を書く音しか響いて来ない。
「…Lalala〜♪」
自然と口がメロディを奏で始めた。
この曲は何だっただろうか。
本当は歌詞があった気がするが思い出せない。
でも、メロディだけは鮮明に残っている。
切なくて懐かしいようなメロディ。
「♪Laーlalala〜…」
店内が冬音の静かな歌の所為か幻想的な雰囲気になる。
『カランコロン』
冬音がメロディを口ずさむのをやめた。
本日最初のお客さんだった。
「いらっしゃいませー。」
冬音は作業を一端中止して、満面の笑みでお客さんを迎えた。

◆次話へ続く◆