| 「マキシシングル3点とコミック2冊。全部で4,305円だね。
…ひぃーふぅーみぃー……ちょうどいただきます。ありがとにゃ〜。」
レジカウンターで接客をしていた猫耳の女の子が満面の笑みで手を振り客を送り出した。
「今の方で今日は20人…かなりお客様が来た方ですね。」
「もう少し来て頂けると、お店の方はかなり楽になるんだけどねぇ。」
店の床を掃除していたキツネ耳を持つ少女ナルフィーがつぶやき、それを聞いた棚の商品を整理していたメガネの女性、冬音が答えた。
『PiPiPiPiPi…』
「あら、電話だわ。ミコナちゃん、ちょっと出てくれる?」
「わかったにゃ!」
冬音に言われ、レジカウンターにいた猫耳の女の子―ミコナは受話器を取り、お決まりの言葉を並べてゆく。
「はい、お電話ありがとうございますー。
ゲーム&アニメーション関連商品の販売とイベント関連への人材派遣の店、NapTimeです。」
『あ、もしもし。祖父地図秋葉原17号店のイベント担当の“千貝”というものなんですけれども…』
「はいはい。」
『明日、当店の7Fイベント会場でサイン会とミニライブの方を行うんですが当店のスタッフだけじゃ足りないので、スタッフの増援をお願いしたいのですが…』
「何人ほど必要ですかにゃ?」
『はい、10名ほど必要なんですが…』
「にゃ!?じゅ、10名ですか!?」
ミコナの叫び声を聞いた冬音は棚の整理の手を休めた。
「ミコナちゃん、担当者に代わるって一言言って私に電話代わってくれるかしら?」
「りょ、了解にゃ…。あ、お客様、今、専門の担当者に代わりますので少々お待ち願います。」
そう言うとミコナは受話器を冬音に渡した。
「お電話代わりました。イベント人材派遣担当の月風です。」
冬音はさらりと言った。
「ねぇ、ナルフィー。ウチにイベント人材派遣担当なんて役職あったかなぁ?」
「さ…さぁ?」
ミコナとナルフィーは首を傾げた。
「それじゃ、明日の8時に事務室へ向かえば宜しいですね?分かりました。NapTimeをお選び頂きありがとうございました。」
『カチャ』
冬音は話をまとめると受話器を元の場所に置いた。
「冬音さん、ウチにいつの間にイベント人材派遣担当なんて役職が出来たの?」
ミコナはさっきの疑問を冬音にぶつけてみた。
「ああ、アレは嘘ですよー。でも、ああいった方がお客様も信用してくださるのよ。」
「そ…そうなんですか……。」
笑顔でミコナの疑問を流した冬音、対してミコナは顔が引きつっている。
「そんなことより、ミコナちゃんとナルフィーちゃん。
明日は祖父地図17号店のイベントスタッフの仕事が入ったわよ。」
「それはわかりましたけど、さっきミコナが電話で10名とかって言ってませんでしたか?」
さっきのミコナの叫びを聞いたナルフィーは当然の質問をする。
NapTimeには、今現在で3人のスタッフしかいない。
つまり、後7人不足しているのだ。
「ああ、それならウチのスタッフなら3人で12人分くらいは働きますから大丈夫ですよって言ったらあっさりOKしてくださったのよ。」
「3人で12人分の働きかにゃッ!?」
「1人で4人分働くって事ですか!?」
冬音の返事に思わず二人は叫んだ。
「ええ、でも、私が6〜7人分くらい働けるから、あなた達は1人につき2人分くらいの仕事をしてくれるだけで良いわよ。」
「2人分って…」
「それだけでもハードだょ…。」
獣耳の少女二人は揃ってげんなりした。
「さて、明日は寝坊しないようにするのよ。」
そんな中で冬音だけがいつも通りの笑顔だった。
〜§〜
翌朝。
NapTimeの店内ではせわしく走り回る足音が響いていた。
「ミコナ!あなたが朝の貴重な時間にトイレで30分もウンウンうなってるからいけないのよ!」
「そんなこと言ったって、おなか痛かったんだからしょうがないよ!」
珍しくナルフィーが寝坊し、慌ててトイレに駆け込み用を足そうとしたところ先客のミコナに1つしかないトイレを占領されて待っていたら本当に時間が無くなってしまった。
そんなところらしい。
「ナルフィーこそ、寝坊するのが悪いんだよ?トイレのドアをガンガン叩くらいなら外でしてくればいいにゃ!」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
2人は慌てて身支度を調えると我先にと言わんばかりに外に飛び出した。
外では既に身支度を調えた冬音が待っていた。
「2人とも遅いわよ?今度から気を付けなさいね。」
「ごめんなさい。」/「すいません。」
冬音に素直に謝るミコナとナルフィー。
彼女にはどうしても頭が上がらないといったようだ。
「さて、それじゃ行くわよ。」
そういうと、冬音は店の前に止めてあった3台の自転車の内の1台にまたがった。
ミコナとナルフィーもそれに続いて自転車にまたがる。
「出発!」
そう冬音が声を発した直後、3台の自転車は既に店の前からは無くなり店の200メートル先を暴走していた。
「あ…相変わらず飛ばしますね、冬音さん……はぁはぁ…」
「だって、飛ばさないと間に合わないわよ?時間厳守はお仕事の基本です。」
既にバテバテといった感じのナルフィーに対して冬音の顔は涼しげだ。
『キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ』
曲がり角に差し掛かるとヲタどもを蹴散らしながら見事なドリフトを決め曲がる。
バイクのレーサーも真っ青なくらいに体を倒し、コンクリートには自転車のタイヤ痕が残り、そしてそのタイヤ痕からは煙が上がっている。
「一端、中央通りに出るわよ。」
「了解にゃ!」/「分かりました。」
一行は中央通りに出ると歩道ではなく車道を走った。
しかも、信じられないことに車を追い越しているのである。
「ふ、冬音さん。少し、速度を落としてくれないと、わ、わたしもミコナも…ぜぇはぁ…」
「ナルフィーちゃん、頑張って。イベント会場まで後ちょっとよ。」
「こ、これじゃイベント会場で…はぁはぁ、は、働く前に力尽きちゃうよ…」
「ミコナちゃん、じゃあ仕事終わったら猫缶買ってあげるわ。」
「み…あたしは、ね、猫缶一個くらい…なんていう、た、食べ物には…はぁはぁ…吊られない…にゃぅー……」
「じゃ、2個。」
「ふ、冬音さん、み…ミコナは全力で頑張りますにゃ!」
「……ミコナ、あなた…ぜぇはぁ…思いっきり、つ、吊られてるじゃない……」
「さ、ミコナちゃんもナルフィーちゃんも、もうすぐ着くわよ。」
そんなこんなで、暴走自転車軍団は周りの被害を最小限に抑えつつイベント会場に到着したのある。
〜§〜
イベント会場の事務室に到着すると、まもなく千貝が入ってきた。
「いやー、良く来てくれました。」
「お久しぶりね、千貝クン。元気そうで何よりだわ。」
「え…えぇ!?もしかして、月風先輩ですか?」
「電話の時に気づかなかった?」
「あ、はい。月風って名前を聞いたときに“アレ?”とは思ったんですけども、まさか…」
入り口で待ちかまえていた千貝に対して親しそうに話す冬音。
そんな冬音を見ていたミコナが疑問をぶつけた。
「冬音さん、この人と知り合いなの?」
「えぇ、昔にちょっとね。」
微笑みつつもはぐらかすような仕草。
「…冬音さん?」
ナルフィーも不思議に思い彼女の名を呼ぶ。
しかし、それは名を呼ばれた女性自身の言葉によってかき消された。
「さぁ、ミコナちゃんもナルフィーちゃんも準備して。千貝クン、私たちは今日はどんな仕事をすればいいのかしら?」
千貝に店のスタッフと同じジャンパーと店のロゴとSTAFFの文字の入った腕章を受け取り早速、支度をする娘三人。
たとえ服の上から羽織るだけであっても、女性の着替えは見ないという紳士道からかどうかは分からないがジャンパーと腕章を渡した張本人は他の準備の為に事務室を出て行ってしまった。
「しかし、ジャンパーと腕章を着けるだけなんて…なんかインスタントの店員みたいだよ?」
「実際、インスタント店員なのよ、わたし達は。」
「ミコナちゃんもナルフィーちゃんも、話はそれくらいにして仕事に入るわよ。」
「了解です。」/「はいにゃ!」
ミコナとナルフィーの会話に割って入る冬音。
そして、仕事の内容について説明を始める。
「千貝クンによると、今回の私たちの仕事は主にお客さんの整理と誘導らしいわ。」
「つまり、お客さんの方々を一列に並べたりすれば良いんですね?」
「そういうこと。」
冬音の説明に対し、ナルフィーが確認を入れる。
「他に仕事は無いの?」
今度はミコナが確認を入れた。
しかし、冬音はあっさりと答える。
「無いわねぇ〜。」
「………」/「………」
しばし無言になるミコナとナルフィー。
その間、時間にして数秒。
沈黙を先に破ったのはミコナだった。
「本当に12人も必要な仕事なのー?」
当然の疑問である。
それに対して冬音は丁寧に説明する。
「今回、イベントで来るのは最近流行のアイドル声優なのよ。
200人は収容出来る会場は既に満員電車並の混み具合よ。」
「そ…そんなに来てるんですか。」
人数を聞いて若干たじろぐナルフィー。
「そこを3人だけで整理するんだから大変なことになりそうだわねぇ。」
冬音は他人事のように微笑みながら言う。
「冬音さん、本当にあたし達だけで大丈夫なの…?」
「わたしも、少し心配になってきました…。」
不安げになるミコナとナルフィー。
「大丈夫、何かあったら私に言ってくれれば何とかするわよ。」
あくまで微笑みながらゆっくりと冬音は言うだけだった。
〜§〜
「うにゃ…。」/「ひ…ッ。」
事務室から係員用の通路を通って会場に入った3人の内、ミコナとナルフィーは、あまりの混雑具合に驚くばかりだった。
「じゃ、事前の打ち合わせ通りに配置についてね。接客方法は普段やってる方法と同じで全く問題ないわ。」
ナルフィーとミコナの肩を『ぽんっ』と叩きながら冬音は言う。
「さ、お仕事開始よ!」
冬音の号令の元、3人はファンで荒れ狂うイベント会場という大海原へ飛び込んでいくのだった。
冬音やナルフィーと別れたミコナは一人、イベント会場の入り口で入場制限をしていた。
「入場したら会場の奥まで、どんどん詰めていって欲しいのにゃーッ!」
その小さい身体から発せられているとは到底、信じられないくらいの大声で来場者に言う。
「うにゃー…これじゃ、明日には喉がガラガラになっちゃうよ…。」
喉をさすりながら一人ぼやく。
「ふぅ。」
会場のに入る為には事前に配られる整理券を持っていないと入場することは出来ないし、入り口で一人一人整理券をちゃんと持っているかどうかの確認をするので来場者は律儀に一列に並んでミコナに整理券を手渡している。
「どうぞー。 前の人に続いて奥まで詰めて欲しいのにゃー。」
だんだん、ミコナも疲れてきたようで接客が少しいい加減になる。
そんなときだった。
一人の男が律儀に並んでいる人の列を無理に追い越してミコナに迫ってきた。
しかも、後ろにはナルフィーが追いかけてきている…ように見える。
が、ナルフィーと男との距離は、どんどん広がるばかりだった。
よく見るとナルフィーの動きが普段よりも鈍いみたいだった。
「ナルフィー、どうしたのかなぁ? …それにしても割り込みの上に追い越しとはイケナイ人にゃ。」
ミコナがそんな感想を漏らしている間にも男は着々とミコナに近づいて来ていた。
──少し前。
ナルフィーは一つ下のフロアでイベント会場のあるフロアに上がる階段の前で客の誘導をしていた。
「整理券をお手元にご用意してお並び下さーい。」
階段の前は黒い人集りが出来ていた。
「一・列・で・お並びくださーい!」
彼女の仕事は入場客を一列に並べ、手元に整理券を用意させ且つ階段付近に人集りをなるべく作らないようにして他の一般客の迷惑にならないように入場客を誘導・整理する事だったりする。
しかし、現状を見る限りでは前者はともかく後者の方までは仕事が出来てないようだった。
「あーもぅ、どうすれば良いのよ…。」
誘導しても誘導しても一向に減らない。
一体、何人分の整理券を店側は発行したのだろうか。
「お、キツネっ娘。」
「獣耳の女の子って今時珍しいよねー。」
並びながらナルフィーを見て、そんなことをいう客もいる。
中には
「しゃ…写真、撮っても良いですか?」
なんて聞いてくる客もいた。 |