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第01話「イベントを手伝おう」

 

「マキシシングル3点とコミック2冊。全部で4,305円だね。
 …ひぃーふぅーみぃー……ちょうどいただきます。ありがとにゃ〜。」
レジカウンターで接客をしていた猫耳の女の子が満面の笑みで手を振り客を送り出した。
「今の方で今日は20人…かなりお客様が来た方ですね。」
「もう少し来て頂けると、お店の方はかなり楽になるんだけどねぇ。」
店の床を掃除していたキツネ耳を持つ少女ナルフィーがつぶやき、それを聞いた棚の商品を整理していたメガネの女性、冬音が答えた。
『PiPiPiPiPi…』
「あら、電話だわ。ミコナちゃん、ちょっと出てくれる?」
「わかったにゃ!」
冬音に言われ、レジカウンターにいた猫耳の女の子―ミコナは受話器を取り、お決まりの言葉を並べてゆく。
「はい、お電話ありがとうございますー。
 ゲーム&アニメーション関連商品の販売とイベント関連への人材派遣の店、NapTimeです。」
『あ、もしもし。祖父地図秋葉原17号店のイベント担当の“千貝”というものなんですけれども…』
「はいはい。」
『明日、当店の7Fイベント会場でサイン会とミニライブの方を行うんですが当店のスタッフだけじゃ足りないので、スタッフの増援をお願いしたいのですが…』
「何人ほど必要ですかにゃ?」
『はい、10名ほど必要なんですが…』
「にゃ!?じゅ、10名ですか!?」
ミコナの叫び声を聞いた冬音は棚の整理の手を休めた。
「ミコナちゃん、担当者に代わるって一言言って私に電話代わってくれるかしら?」
「りょ、了解にゃ…。あ、お客様、今、専門の担当者に代わりますので少々お待ち願います。」
そう言うとミコナは受話器を冬音に渡した。
「お電話代わりました。イベント人材派遣担当の月風です。」
冬音はさらりと言った。
「ねぇ、ナルフィー。ウチにイベント人材派遣担当なんて役職あったかなぁ?」
「さ…さぁ?」
ミコナとナルフィーは首を傾げた。

「それじゃ、明日の8時に事務室へ向かえば宜しいですね?分かりました。NapTimeをお選び頂きありがとうございました。」
『カチャ』
冬音は話をまとめると受話器を元の場所に置いた。
「冬音さん、ウチにいつの間にイベント人材派遣担当なんて役職が出来たの?」
ミコナはさっきの疑問を冬音にぶつけてみた。
「ああ、アレは嘘ですよー。でも、ああいった方がお客様も信用してくださるのよ。」
「そ…そうなんですか……。」
笑顔でミコナの疑問を流した冬音、対してミコナは顔が引きつっている。
「そんなことより、ミコナちゃんとナルフィーちゃん。
 明日は祖父地図17号店のイベントスタッフの仕事が入ったわよ。」
「それはわかりましたけど、さっきミコナが電話で10名とかって言ってませんでしたか?」
さっきのミコナの叫びを聞いたナルフィーは当然の質問をする。
NapTimeには、今現在で3人のスタッフしかいない。
つまり、後7人不足しているのだ。
「ああ、それならウチのスタッフなら3人で12人分くらいは働きますから大丈夫ですよって言ったらあっさりOKしてくださったのよ。」
「3人で12人分の働きかにゃッ!?」
「1人で4人分働くって事ですか!?」
冬音の返事に思わず二人は叫んだ。
「ええ、でも、私が6〜7人分くらい働けるから、あなた達は1人につき2人分くらいの仕事をしてくれるだけで良いわよ。」
「2人分って…」
「それだけでもハードだょ…。」
獣耳の少女二人は揃ってげんなりした。
「さて、明日は寝坊しないようにするのよ。」
そんな中で冬音だけがいつも通りの笑顔だった。


〜§〜


翌朝。
NapTimeの店内ではせわしく走り回る足音が響いていた。
「ミコナ!あなたが朝の貴重な時間にトイレで30分もウンウンうなってるからいけないのよ!」
「そんなこと言ったって、おなか痛かったんだからしょうがないよ!」
珍しくナルフィーが寝坊し、慌ててトイレに駆け込み用を足そうとしたところ先客のミコナに1つしかないトイレを占領されて待っていたら本当に時間が無くなってしまった。
そんなところらしい。
「ナルフィーこそ、寝坊するのが悪いんだよ?トイレのドアをガンガン叩くらいなら外でしてくればいいにゃ!」
「そんなこと出来るわけないでしょ!」
2人は慌てて身支度を調えると我先にと言わんばかりに外に飛び出した。
外では既に身支度を調えた冬音が待っていた。
「2人とも遅いわよ?今度から気を付けなさいね。」
「ごめんなさい。」/「すいません。」
冬音に素直に謝るミコナとナルフィー。
彼女にはどうしても頭が上がらないといったようだ。
「さて、それじゃ行くわよ。」
そういうと、冬音は店の前に止めてあった3台の自転車の内の1台にまたがった。
ミコナとナルフィーもそれに続いて自転車にまたがる。
「出発!」
そう冬音が声を発した直後、3台の自転車は既に店の前からは無くなり店の200メートル先を暴走していた。
「あ…相変わらず飛ばしますね、冬音さん……はぁはぁ…」
「だって、飛ばさないと間に合わないわよ?時間厳守はお仕事の基本です。」
既にバテバテといった感じのナルフィーに対して冬音の顔は涼しげだ。
『キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ』
曲がり角に差し掛かるとヲタどもを蹴散らしながら見事なドリフトを決め曲がる。
バイクのレーサーも真っ青なくらいに体を倒し、コンクリートには自転車のタイヤ痕が残り、そしてそのタイヤ痕からは煙が上がっている。
「一端、中央通りに出るわよ。」
「了解にゃ!」/「分かりました。」
一行は中央通りに出ると歩道ではなく車道を走った。
しかも、信じられないことに車を追い越しているのである。
「ふ、冬音さん。少し、速度を落としてくれないと、わ、わたしもミコナも…ぜぇはぁ…」
「ナルフィーちゃん、頑張って。イベント会場まで後ちょっとよ。」
「こ、これじゃイベント会場で…はぁはぁ、は、働く前に力尽きちゃうよ…」
「ミコナちゃん、じゃあ仕事終わったら猫缶買ってあげるわ。」
「み…あたしは、ね、猫缶一個くらい…なんていう、た、食べ物には…はぁはぁ…吊られない…にゃぅー……」
「じゃ、2個。」
「ふ、冬音さん、み…ミコナは全力で頑張りますにゃ!」
「……ミコナ、あなた…ぜぇはぁ…思いっきり、つ、吊られてるじゃない……」
「さ、ミコナちゃんもナルフィーちゃんも、もうすぐ着くわよ。」
そんなこんなで、暴走自転車軍団は周りの被害を最小限に抑えつつイベント会場に到着したのある。


〜§〜


イベント会場の事務室に到着すると、まもなく千貝が入ってきた。
「いやー、良く来てくれました。」
「お久しぶりね、千貝クン。元気そうで何よりだわ。」
「え…えぇ!?もしかして、月風先輩ですか?」
「電話の時に気づかなかった?」
「あ、はい。月風って名前を聞いたときに“アレ?”とは思ったんですけども、まさか…」
入り口で待ちかまえていた千貝に対して親しそうに話す冬音。
そんな冬音を見ていたミコナが疑問をぶつけた。
「冬音さん、この人と知り合いなの?」
「えぇ、昔にちょっとね。」
微笑みつつもはぐらかすような仕草。
「…冬音さん?」
ナルフィーも不思議に思い彼女の名を呼ぶ。
しかし、それは名を呼ばれた女性自身の言葉によってかき消された。
「さぁ、ミコナちゃんもナルフィーちゃんも準備して。千貝クン、私たちは今日はどんな仕事をすればいいのかしら?」

千貝に店のスタッフと同じジャンパーと店のロゴとSTAFFの文字の入った腕章を受け取り早速、支度をする娘三人。
たとえ服の上から羽織るだけであっても、女性の着替えは見ないという紳士道からかどうかは分からないがジャンパーと腕章を渡した張本人は他の準備の為に事務室を出て行ってしまった。
「しかし、ジャンパーと腕章を着けるだけなんて…なんかインスタントの店員みたいだよ?」
「実際、インスタント店員なのよ、わたし達は。」
「ミコナちゃんもナルフィーちゃんも、話はそれくらいにして仕事に入るわよ。」
「了解です。」/「はいにゃ!」
ミコナとナルフィーの会話に割って入る冬音。
そして、仕事の内容について説明を始める。
「千貝クンによると、今回の私たちの仕事は主にお客さんの整理と誘導らしいわ。」
「つまり、お客さんの方々を一列に並べたりすれば良いんですね?」
「そういうこと。」
冬音の説明に対し、ナルフィーが確認を入れる。
「他に仕事は無いの?」
今度はミコナが確認を入れた。
しかし、冬音はあっさりと答える。
「無いわねぇ〜。」
「………」/「………」
しばし無言になるミコナとナルフィー。
その間、時間にして数秒。
沈黙を先に破ったのはミコナだった。
「本当に12人も必要な仕事なのー?」
当然の疑問である。
それに対して冬音は丁寧に説明する。
「今回、イベントで来るのは最近流行のアイドル声優なのよ。
 200人は収容出来る会場は既に満員電車並の混み具合よ。」
「そ…そんなに来てるんですか。」
人数を聞いて若干たじろぐナルフィー。
「そこを3人だけで整理するんだから大変なことになりそうだわねぇ。」
冬音は他人事のように微笑みながら言う。
「冬音さん、本当にあたし達だけで大丈夫なの…?」
「わたしも、少し心配になってきました…。」
不安げになるミコナとナルフィー。
「大丈夫、何かあったら私に言ってくれれば何とかするわよ。」
あくまで微笑みながらゆっくりと冬音は言うだけだった。


〜§〜


「うにゃ…。」/「ひ…ッ。」
事務室から係員用の通路を通って会場に入った3人の内、ミコナとナルフィーは、あまりの混雑具合に驚くばかりだった。
「じゃ、事前の打ち合わせ通りに配置についてね。接客方法は普段やってる方法と同じで全く問題ないわ。」
ナルフィーとミコナの肩を『ぽんっ』と叩きながら冬音は言う。
「さ、お仕事開始よ!」
冬音の号令の元、3人はファンで荒れ狂うイベント会場という大海原へ飛び込んでいくのだった。

冬音やナルフィーと別れたミコナは一人、イベント会場の入り口で入場制限をしていた。
「入場したら会場の奥まで、どんどん詰めていって欲しいのにゃーッ!」
その小さい身体から発せられているとは到底、信じられないくらいの大声で来場者に言う。
「うにゃー…これじゃ、明日には喉がガラガラになっちゃうよ…。」
喉をさすりながら一人ぼやく。
「ふぅ。」
会場のに入る為には事前に配られる整理券を持っていないと入場することは出来ないし、入り口で一人一人整理券をちゃんと持っているかどうかの確認をするので来場者は律儀に一列に並んでミコナに整理券を手渡している。
「どうぞー。 前の人に続いて奥まで詰めて欲しいのにゃー。」
だんだん、ミコナも疲れてきたようで接客が少しいい加減になる。
そんなときだった。
一人の男が律儀に並んでいる人の列を無理に追い越してミコナに迫ってきた。
しかも、後ろにはナルフィーが追いかけてきている…ように見える。
が、ナルフィーと男との距離は、どんどん広がるばかりだった。
よく見るとナルフィーの動きが普段よりも鈍いみたいだった。
「ナルフィー、どうしたのかなぁ? …それにしても割り込みの上に追い越しとはイケナイ人にゃ。」
ミコナがそんな感想を漏らしている間にも男は着々とミコナに近づいて来ていた。

──少し前。
ナルフィーは一つ下のフロアでイベント会場のあるフロアに上がる階段の前で客の誘導をしていた。
「整理券をお手元にご用意してお並び下さーい。」
階段の前は黒い人集りが出来ていた。
「一・列・で・お並びくださーい!」
彼女の仕事は入場客を一列に並べ、手元に整理券を用意させ且つ階段付近に人集りをなるべく作らないようにして他の一般客の迷惑にならないように入場客を誘導・整理する事だったりする。
しかし、現状を見る限りでは前者はともかく後者の方までは仕事が出来てないようだった。
「あーもぅ、どうすれば良いのよ…。」
誘導しても誘導しても一向に減らない。
一体、何人分の整理券を店側は発行したのだろうか。
「お、キツネっ娘。」
「獣耳の女の子って今時珍しいよねー。」
並びながらナルフィーを見て、そんなことをいう客もいる。
中には
「しゃ…写真、撮っても良いですか?」
なんて聞いてくる客もいた。

「わたしはNapTimeってお店から派遣で来てる臨時のスタッフなの。今は混んでて写真なんか撮ってたら後ろの人に迷惑になるから今度、わたし達のお店に来て好きなだけ撮ってね?」
こんな時でも満面の営業スマイルで、ちゃっかり自分らの店の宣伝をするナルフィー。
そんな自分の行動に気が付いたナルフィー。
「(我ながら商人ね、わたしも。)」
ふと、頭の片隅で思うのだった。
「ちょっと、良いかな。俺もミニライブを見たいんだけどダメか?」
そんな男の声でナルフィーは現実に引き戻された。
「整理券はお持ちですか?」
「持ってない。」
ナルフィーの問いかけに即答する男。
「そうしましたら、残念ですが会場への入場は…」
「ダメっスか?」
ナルフィーが丁重に入場出来ない旨を伝えも尚、食い下がる男。
「えぇ、決まりですので、お通しするわけには…」
ナルフィーと男の間に気まずい空気が流れる。
次の瞬間、男はナルフィーを突き飛ばすと会場に続く階段を駆け上っていった。
「痛っ…」
ナルフィーは突き飛ばされた勢いで蹌踉けて壁にぶつかり、そのままリノリウムの床に尻餅をついてまった。
更に自分のお尻の下に尻尾を挟んでしまい、お尻と尻尾の両方を痛めてしまう。
「…いけない、追わなきゃ。」
お尻と尻尾をさすりながら立ち上がるナルフィー。
しかし、お尻と尻尾の痛みは簡単には引かず、すぐに男を追うことは出来ない。
その間にも男との距離は広がるばかりだ。
「…すいません、ちょっと通して下さい。」
ナルフィーは痛みを堪えつつ階段を上り、男を追った。
 
リノリウムの床に尻餅をついてまった。
男がミコナの前に来た。
リュックを背負い、身長はひょろ長く頭には青いバンダナを巻いている。
リュックにはポスターらしき円筒形の物がはみ出しており、バンダナにはアニメキャラのピンバッヂ。
その男は、どこからどう見ても所謂、アキバ系のオタクで、しかも、その中でもかなり“イタい”方の分類に入るような感じだ。
幸運にも(?)デブった系ではなかったので汗くさい酸っぱい感じの嫌な匂いは無く、むしろトイレの消臭剤のようなフローラルの香りがするくらいだった。
そんな男にすかさずミコナは言い放った。
「そこの人!みんなちゃんと並んでるのに追い越しや割り込みはイケナイよ!!」
ビシッと指さして言う。
しかし、男はそんなミコナには目もくれず会場に入ろうとした。
「ちょ、ちょ、ちょ…ちょっと待つにゃ!」
男の服の裾を掴んでミコナが言う。
フローラルの香りが漂ってくる。
「お客さん、整理券を見せるにゃ!」
折角のフローラルの香りも度が過ぎると悪臭でしかない。
ミコナは空いている方の手で鼻をつまみつつ男に言った。
「整理券は無い!でも入らせて貰う!!」
「そんな無茶苦茶にゃ…;」
ハッキリと整理券は無いと言い、強引に入場しようとする男。
あまりにハッキリという物だからミコナはあっけにとられてしまう。
「大体、そこまでして入りたいなら何でCDを購入して整理券を貰わなかったの?」
「俺が行った時には売り切れていた!」
今回のイベントの整理券は、そのアイドル声優のCDを購入したことに対する特典として配布されていた。
「俺は代金を持ってきてるのに店側が売り切れで売らなかったんだ。
 それは店側の責任だろ!?」
「いや…まぁ、かもしれないけどぉ…」
たじろぐミコナ。
と、そこへようやくナルフィーが到着した。
「やっと、追いついた…。」
「ナルフィー、この人が整理券も持ってないのに無理矢理、会場に入ろうとするよ。」
困り果てて半分涙目状態でミコナがナルフィーに訴える。
「わかってる。この人はわたしが応対するからミコナは冬音さんを探して呼んできて。」
「OKにゃ!」
ナルフィーに男を引き渡すと、ミコナは冬音を探して会場に飛び込んだ。
「邪魔をしないでくれ!」
「邪魔とかじゃなくて、あなたは自分がルール違反をしてるのが分からないの?」
ミコナの背後では男とナルフィーの口論が始まっていた。

冬音はアイドル声優が立つステージの下、つまり最前席の前で客の整理に当たっていた。
あと数分でミニコンサートが始まる。
「は〜い、押さないで下さいねー。」
ミニコンサートの開始まで、あと数分なのでファン達もヒートアップしつつある。
ファン達は少しでも間近で自分たちが熱狂的に信仰するアイドル声優を見たいという欲がある所為かジリジリとステージに詰め寄ってくる。
中には「もっと前で見せろ!」と冬音の方に向かって言ってくる客もいる。
「あらあら…どうにかならない物かしらねぇ。」
口調こそ困ったようなそぶりだが、実際の所は見事なまでにファン達を誘導して所定の位置に付かせていた。
時折、冬音の目の前まで乗り出して来るファンもいたが冬音が窘めると、そんなファンもすぐに戻っていった。
その中、人混みをかき分けて冬音の方に寄ってくる人影が冬音の目に止まった。
「また、熱いファンの方かしら。さっき注意したばかりなのに…。」
ちょっと、ウンザリ気味で呟く冬音さん。
「あら、あれは…。」
冬音の方に近寄ってくる人影、その人影が近づくにつれて特徴的な三角の耳が見えてきた。
「ふ…冬音さーん……。」
その人影は別に最前列でアイドル声優を拝みたい理由でステージに寄ってきたのでは無く最初から冬音に用事があって冬音を目当てに近づいて来ていた。
「あら、ミコナちゃん…?入り口のお客さんの整理はどうしたの?」
その人影は即ち先ほどナルフィーに冬音を呼んでくるように言いつけられたミコナだった。
「それどころじゃないよー。と、ともかく来て欲しいにゃ!!」
そう言うと、ミコナは冬音の手を握って元来た人混みの中に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっとミコナちゃん!?」
「ともかく急いでほしいにゃ!」
「え…え?」
かくして、冬音はミコナによって拉致もとい連れて行かれてしまった。

冬音が会場の入り口に到着するとナルフィーと男は、いまだに口論を続けていた。
ミコナに事の顛末を既に聞いていた冬音はナルフィーと男の間に割って入った。
「冬音さん…。」
「はい、ストーップ。」
割り込んで男と対峙する冬音。
「ナルフィーちゃん、よく頑張ったわね。後は私に任せて、二人とも仕事に戻って。」
「わかりました。」/「にゃ、わかった。」
頷くナルフィーとミコナ。
しかし、仕事に戻って良いと言われても自分らが散々手を拱いていた客を冬音はどう言いくるめるのかが気になった。
「誰だ、お前。」
「誰って私は臨時スタッフの月風よ。」
男の質問にキッチリ答える。
「聞くところによると、あなたは整理券も無いのに入場しようとしたみたいね。」
「店が整理券付きのCDが売り切れたとか言って売らないのが悪い。俺はちゃんと金は持ってきている。」
男のとんでもない自己中心論が展開される。
「整理券付きCDを購入するっていうのがルールなのはわかるでしょ?」
そんな理論を展開されても冬音は懇切丁寧に子供を諭すように説明する。
「それが何だ!俺が今日この日をどれだけ待ったと思ってるんだ!」
「そんなの私は知らないわよ。」
あ、冬音さん、ちょっと冷たい。
「俺が情熱を注ぎ人生を捧げる、あのお方に会う為にとっておきの香水まで出してだな…」
どうも男は、そのアイドル声優の熱狂的ファンらしい。
最初にナルフィーに会う辺りまでは冷静だったようだが、今では興奮しすぎてるのか、だんだん、言ってることが滅茶苦茶になってきている。
「…あのトイレの芳香剤みたいな匂いは香水だったのね。」
「人間芳香剤みたいだょ。」
事の結末が気になって仕事に戻れず、傍観していたナルフィーとミコナは鼻をつまみながら冬音と男との会話の感想として身も蓋も無いことを言う。
「ともかく俺の分までCDを売らない店が悪い!だから、俺を会場に入れさせろ。」
「あーもー、ダメって言ってるでしょう?大体、そんなに熱狂的なファンなら何で徹夜でも何でもして並んでCDを買おうとしないの?」
「うぐっ…」
冬音の言葉に自己中心論ばかりを展開していた男が初めて口ごもった。
「本物のファンだったら徹夜でも何でもするでしょう?今、会場の中に入ってる人たちは、そういう人たちなの。」
「…ッ!」
「つまり、あなたとは情熱の傾け方も心身の捧げ具合も天と地ほどに差があるって事。ついでに言えば、あなたの彼女に対する熱意ってのはその程度だったのよ。」
「!!!!」
冬音の言葉にショックを受けて両膝を床に着けて頭を抱え込んでしまった男。
「冬音さんの言葉でかなりショックを受けてるみたいね。」
「言葉であそこまで傷つく人、あたしは初めて見たよ。」
男が膝を抱えて27秒。
男はゆっくりと立ち上がった。
「…まだ諦めん!」
そう一言言うと、男は冬音を振り切って会場に入ろうとした。
しかし、そんなルール無視の行為を冬音が黙って見過ごすわけ無かった。
「ダメですよー。今日は諦めて下さい〜。」
そう言うとすれ違い様に男の腕をガシッと掴んだ。
「くっそ…。」
尚も暴れて何とかして会場に入ろうとする男。
しかし、冬音にガッチリ腕を捕まれているため、それ以上男は先に進むことは出来なかった。
「離せ!」
「離せと言われて話す人は居ませんよ?」
「ぐっ!」
どうも、熱意だけはすさまじいらしい。
冬音に捕まれて先に進めなくても、まだじたばたする男。
「仕方ないわねぇ。」
そんな男を見かねた冬音。
「冬音さん、どうするの?」
仕方ないわねの言葉の内容をミコナは聞いてみた。
「強制退場願います♪」
そういうと冬音は暴れ続ける男を引きずって出口を目指した。
後に残される獣耳娘の二人。
「ナルフィー、冬音さんって凄いね。」
「…えぇ。」

3分後、男を出口まで連行した冬音が戻ってきた。
「冬音さん、あの男はどうなりましたか?」
ナルフィーが聞いてみる。
「出口で警備員さんに引き渡してきたわ。後は警備員さんがやってくれるんじゃないかしら。」
「そ…そうですか。」
「さて、それじゃお仕事に戻りましょ。もう少しでミニコンサートも開演するわ。」
冬音は『ぽん』と手を叩くとミコナとナルフィーに笑顔で言うのだった。


〜§〜


その後は何事も無く平穏無事に進み、ミニコンサートも握手会も無事に終了した。
ミコナ・ナルフィー・冬音は会場から全ての客を出すと、イベント会場の入り口のドアを閉め施錠をした。
「さて、これで私たちの仕事は終わりよ。」
「疲れたにゃー。」
冬音の仕事終了の言葉を聞いて緊張の糸が切れたのかトテッと床に座り込むミコナ。
ナルフィーも流石に疲れたのか、壁に寄りかかっている。
「冬音さんはわたしたちの4倍は働いてるんですよね…。」
「冬音さんは疲れてないの?」
ナルフィーとミコナに聞かれるが、しかし冬音の表情には疲れというものは見えず、いつもと同じようにニコニコしているだけだった。
「ちょっと疲れたわ〜。」
棒読み口調でのんびりという冬音。
「ちょ…ちょっとですか。」
“本当に疲れてるんですか?”という喉まで出かかっていた疑問を飲み込みつつナルフィーは曖昧に言うだけだった。
「いやー、皆さんお疲れ様でした。」
そこへ千貝がやってきた。
「お疲れ様、千貝クン。私たちはこれで帰って良いのかしら?」
「ええ、後片付けは各専門のスタッフがやりますので。今日は本当にありがとうございました、助かりましたよ。」
「そう、なら良かったわ。」
「今回の仕事の報酬は口座振り込みで良いんですか?」
「えぇ、それで御願いするわ。後で口座番号と名義を教えるから、そこに入れて貰えるかしら?」
「分かりました。」
千貝と仕事の話が纏まると冬音はミコナとナルフィーの方に振り返った。
「さ、それじゃ帰るわよ。使ったジャンパーと腕章を外して千貝クンに渡して。」
「分かったにゃ…。」
冬音の言葉に重い腰を上げてもそりと脱ぎ始めるミコナ。
「んっしょ…」
ナルフィーも壁から離れて腕章を外すとジャンパーを脱いだ。
それぞれが脱いだジャンパーと外した腕章を冬音が取り纏めて千貝に渡す。
「それじゃ、これ。」
「あ、はい。確かに。」
冬音からジャンパーと腕章を受け取る千貝。
「じゃ、帰りましょうか。」
「そうですね。」
「もう、自転車を漕ぐ力も残って無いよぅ…。」
冬音を先頭にして、その後をナルフィーとミコナが追いかける。
「今日はどうもありがとうございました。」
千貝は係員用の通路に向かう3人の後ろ姿に頭を下げて礼を言って見送った。

係員用の通路から階段を下って店の外まで出てきた3人は止めてあった自転車に跨った。
「しかし、今日のあの自己中の人はなんなのにゃーッ!」
ミコナが自転車のロックを解除しつつ思い出して、腹を立てていた。
「わたしも実際にあんなに痛い、その…オタクの方がいるなんて…。」
ナルフィーの方は怒ってはいないものの、今まで体験したことのない尋常でない出来事だったので戸惑っているようだ。
「あらあらー、今日のは大した方じゃないわよ。国際展示場で年に2回開かれる日本最大の同人誌即売会イベントでは過去に自分に似ているキャラが酷い仕打ちを受けている同人誌が発売されていることに腹を立てて開場を爆破してやろうって、火炎瓶を持ち込んで警察の方に捕まった人も居たくらいなのよ。」
冬音は道の脇に止めてあった自転車を移動させつつサラリと言い放つ。
「…その話、本当なんですか?」
あまりに現実離れしている話にナルフィーは目を丸くして発言者に疑問を投げかけた。
「もちろんよ。」
発言者は間髪入れずに静かに答えたのだった。
「ところで、今日のご飯当番ってミコナちゃんだっけ?」
そんな事を言いながら自転車をこぎ始める冬音。
「うにゃっ!?いや、ちょっと…今日は、もう動けないよ…。」
「でも、今日の当番はミコナなんだから。前から決まってることなんだからちゃんと守ってよ。」
「でも〜…。」
仕事でぐったりと疲れた上に食事当番だという事実を知り、ぐったりとするミコナとそれに追い打ちを掛けるナルフィー。
すると冬音が提案した。
「じゃ、今日は外食にする?」
「ホントかにゃ!?」
自分が食事当番から免れられる可能性を見つけてミコナは目を輝かせた。
「冬音さん、甘やかしちゃダメですよ。」
対するナルフィーはあくまで、ミコナに順番通りに料理をして貰いたいみたいだ。
「ナルフィーは外食よりも、そんなにあたしの手料理が食べたいんだ〜」
それをどう解釈したのか、ミコナが茶化して言う。
「それは断じて無いわ。」
ナルフィーは即答した。
「勿論、甘やかすのはダメだと思うわ。だから、ミコナちゃんには明日代わりに食事当番をやって貰う、これでどうかしら?」
冬音はミコナとナルフィーの意見を纏めて妥協案を出す。
「まぁ、それなら良いですけど…。」
「明日なら、いくらだって料理作るよ。」
ナルフィーもミコナも、冬音の妥協案に賛同した。
「じゃ、キマリね。何食べたい?」
「わたしは別に何でも…。」
「疲れたから栄養のあるものを食べたいよぅ…。」
冬音の今晩の食事アンケートにナルフィーとミコナが答える。
「じゃ、焼き肉とか。」
「焼き肉ぅー!」
「焼き肉とは太っ腹ですね。」
焼き肉の提案をする冬音。
ミコナは即答で喜び、ナルフィーは焼き肉なんていう普段は滅多にない、ちょっとした贅沢に若干の驚きがあるものの満更でも無さそうだ。
「ただし…」
喜ぶ二人に水を差すように冬音が言う。
「ミコナちゃんの猫缶は無しね。」
「にゃにゃーーーーーーーーっ!!!!」
途端に抗議するミコナ。
「焼き肉も食べて猫缶も食べるなんて贅沢は許しません。」
「そんなぁ〜…。」
早くもミコナは涙目だ。
「猫缶はダメでも焼き肉が食べられるんだから良いでしょ?」
なだめるナルフィー。
「でも〜…。」
簡単には諦められなさそうなミコナ。
「猫缶くらい、別の機会にそれこそ自分で買えば良いじゃない。」
「えー。」
ナルフィーにあっさり言われて、ちょっとだけムッとするミコナ。
「さ、それじゃこのまま焼き肉屋まで行っちゃいましょ。」
そんな二人を横目に冬音は自転車の進路を焼き肉屋の方へ変えた。
「あ。」
すぐに後を追うナルフィー。
「あっ、ちょ二人とも待ってよー。」
二人に置いて行かれそうになって、ミコナは慌てて冬音とナルフィーの後を追った。
すっかり、陽が落ちて暗くなった街に3人の乗る自転車は焼き肉屋を目指して走り続けるのだった。